オリオンの砲撃手
-orion's
gunner-
第二章 NOBLESS OBLIGE
ノーブリス・オブリージュ
-5-
「目から火が出る」という表現があるが、机の下で寝ていたのにはさすがに
問題があったといわざるを得ないなと思いながら石原はそれを体感していた。
頭を激しく打って悶絶しながら目を覚ますと、まだ外は微妙に薄暗い。
出た火は相当な大火力だ。破壊力ありすぎだろ、と痛感する。
警察のお世話になって早3日だが、警察がいっぱいいっぱいなのが見て取れる。
無理もない、このような異常事態に備えられるほど日本の警察は充実している
わけでもないのだが、そうはいっても予算やら人材やらの都合ってのはあるので、
出来る範囲で出来ることやるしかなかろう。
それは自衛隊も同じだったな、と少し思う。
自衛隊も一部地域では治安出動必要になるのではないかと準備をしていたよう
だが、幸い今のところそのような事態にはなっていない。
日本人ってのはかつてに比べて民度が上がったのではなかろうか。
もっとも、その落ち着きっぷりに諸外国は逆に恐怖を覚えるかもしれないと
劉がちょっと前に言っていたな、そんなことも思いだす。
曰く何を考えているのかわからない、曰く感情がないんじゃないか等々。
全世界が異常事態になっているちょっと前から異常事態に襲われていた
石原としては、日本人だって感情的になってるんだぜこれでもといいたいのだが、
世界標準レベルで見た場合、感情的といえるかどうかはやや疑問である。
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今日こそは石原を回収しないと、と思う。
いよいよ具体的な計画ができた以上うかうかもしていられない。
正直なところ、武宮としては今回の事態での出番なんて欲しくないのだが、
物事には2重3重の備えが必要なのである。
望ましくないことであっても、準備は行わねばならない。
「身体能力は十分…一定の訓練期間があれば、本人の能力とあわせて考えると
これ以上の適合者はいない…少なくとも俺の知る限りにおいてだが…他にいれば
そいつがやればいいのだがなぁ…」
「今更何言ってるんですか!」
自分の直属の部下である佐東に激しく突っ込まれる。
「んなこといってもなぁ…唯一にして最大の問題点があるだろ…」
「こんな事態になってまだそんなこというようなら、拘置所出さなきゃいいじゃ
ないですか!」
「馬鹿野郎!」
佐東を思いっきり怒鳴りつけた次の瞬間
「…すまん、ついかっとなった」
「…武宮さん」
「それとこれとは話が別だ。石原は俺の大事な部下だった人間だ、身元引き受け
くらいはそれとはまったく関係なくやらなきゃいけない」
しかし、と武宮は小声でいい、続ける。
「このような事態になっていて、それを何とかできる力があるものがいるとしたら、
その力をつかってもらわないと…俺たちに明日はないんだ。そうだな。まぁ最悪、
土下座でも何でもしてやるさ」
ノーブリス・オブリージュとは何も偉い人間にのみ在る責務ではなかろう。
問題が発生していて、その問題を解決する力のある人間に与えられた責務。
それは正しいものの見方だ。だが…
「今日、言わなきゃダメ?」
「ダメです」
「やっぱりな…でも、もし今日断られても仕方ないと思うぞ。ていうか俺でも
多分断る気がする。今日は」
「いっておくことが重要なんです」
「そういうもんなのか…」
「もっと差し迫ってからおんなじこと言ったら余計に嫌になるでしょ」
「それは一理あるな。わかった、言うだけいってくる」
と、武宮が市ヶ谷の自室から出ようとしたと同時に、電話がなった。
「…はい、…武宮さん!幕僚本部からです!」
「…なんだってこんなときに…はぁ」
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取調室で石原はぼーっとしていた。
なっかなか武宮は来ない。明日中にはとりにいけるらしい、とか電話で話して
いたのが昨日の夜のことである。
取りにいけるって、俺はモノか?
そうはいうものの、実際来てくれるだけありがたいのはありがたいのだが、
くるくるといいつつなかなか来ないのではありがたさも50%OFFである。
くるくるとぐるぐるって似ているな。口に出していうと結構違う音だが、
などと思う午前11時、小腹がすいてきた。普段この時間まだ起きていない。
取調べという名の雑談をしに松島がやってきた。
いらんこと言わなきゃ良かったなぁと思う部分が4割、いい暇つぶしになる
と思える部分が6割である。通常の状態だったら逆にこんな余裕のある状況は
まぁ発生しないのではないか、と思うと少しだけ運が向いてきたのかと思う。
パンとコーヒー牛乳だけ渡されても、普段朝飯食ってないからありがたいと
思える石原にとって、松島が発した言葉はさらに意外だった。
「俺のおごりだ、昼飯はカツ丼くらい食わせてやるよ」
「えぇ?いいんですか?確かアレ自腹って話じゃ」
「…しっ」
松島が指を口の前につける。
「え?」
「その代わり…アレの続き、話してくれよ」
「…えっと、どこまで話しましたっけ…
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着弾の音が聞こえてきた。
「そんなに近くねぇな。まぁ揚陸支援だからそんなもんか?」
「あんまりのんきに言ってる時間はないな。劉、あとどのくらいで起爆装置
ぶっ飛ばさないとならない?」
「ほとんど時間がない!限界ぎりぎりで15分以内!できるか?」
緊迫した声を耳にし、石原も嫌が応にも緊張感が高まってきた。
「なるべく正確な位置をくれ!出来るだけだ!」
ほとんど絶叫のような声で返す。無理もない。直接撃ちあうわけではないにしろ
もうここは限りなく戦場に近い場所なのだから。日本を枕に討ち死には想定したこと
はあったが、さすがにこの状況は想定できなかったということもある。
二発目の着弾はかなり近いように思えた。
「こりゃそんなにもたんな」
「石原!まだか!」
砲門の向きを細かく微調整する石原に一同苛立ちを隠せないが、正確に撃ち抜く
ためには仕方がない、それはわかっているのだが…
「早くしてくれ!もう揚陸始まってるぞ!」
それでも慎重に微調整をしていた石原だが、次の瞬間。
「よし、一発目発射だ!」
「頼む、やってくれ!」
爆音と共に一同の期待を載せて、榴弾が飛んでゆく。数秒後。
「着弾、わずかにそれました!」
「ダメか!」
さすがに不安の声が上がる。こういう状態であるのに、発射した石原は恐ろしい
位に冷静であったといってもいい。
「今の位置から再調整する!早く着弾位置をくれ!」
「あぁ、わかった。観測班!位置を早く石原に!」
弾着の位置情報が確認される。聞くか聞かないかのうちに再度微調整を始める。
「第二弾、発射する」
石原の声と同時に、2発めの榴弾が飛んでいく。弾着…
155mm榴弾砲から放たれた榴弾は、起爆装置の炸薬と同時にすさまじい轟音を立て
大量の水を堤防から流れ出させる…洪水がおこるかおこらないかまで貯まった水は、
計画していた量をはるかに上回っていたのだから、下流の中国軍もたまったものではない。
「やたっ!成功だ!信じられん…」
「奇跡だ…見ろよ、連中パニ食ってやがるぜ」
無理もない、完全にぬかるみに足を取られる状態になってしまったのだ。
喜ぶ一同の中で、劉は浮かない顔をしていた。
「しかし…足止めにしかならんよな…どうする?」
「こうなったら、やるしかないだろ」
「石原になんか狙ってもらうか?」
「あの船なんかどうだ?あの艦…んん?あ…何?」
双眼鏡で海を見ていた朴が急に口ごもった。中国軍の動きもおかしい。
「おい、どうした朴」
朴は黙って双眼鏡を石原に渡し、先ほど見ていた船を指差す。
「…しろは…た?」
「おいおいおいおいお、一体何なんだよそりゃ!」
さっきとは全く別の緊張感が走る。さすがにいくらなんでも白旗かがげて奇襲する
なんてことはあるまいが、一体何が起こったのかさっぱりわからない。
「…なぁ、あいつら…何がしたかったんだ?」
「さぁ…」
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突拍子もない石原の話を聞いているうち、松島にはどうしても納得がいかない
ことがひとつあったので聞いてみることとした。
「んで、これなんでこんなこと起こったのよ?」
「後にわかったことなんですが、連絡ミスが原因で起こったことのようなんです」
「そんなことで…?」
「なんでも、我々の訓練が訓練ではなく大陸反攻であると勘違いをされたことが、
どうやら原因のようなんです。なんていうか…」
「いや、なんともなぁ…」
話が終わりに差し掛かった頃、ちょうどカツ丼がやってきた。
「よっしゃ、とりあえず飯にするか」
「あれ?もう外は大丈夫なんですか?」
「…あ、なんか結構もう平穏取り戻してるらしいよ。アホなことやった連中も
何だかんだいって反省してるんじゃないかなぁ?」
「…反省、ですか…」
「なんかアンタの話聞くとあれだな、ラ○ボー思い出した。」
「○ンボー?俺の方はそんなたいそうな話じゃないような…」
「でもラン○ーも第一作はそんな話だったじゃん」
きちんと割れてない割り箸でカツ丼をかき込みながら、松島は友達にでも
語りかけるようにいう。
「あんたにもふさわしい戦場でもありゃいいんじゃないのかな?」
「…2以降は別物でしょ正直…」
そういうと、石原もカツ丼をかき込み始めた。
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「…フィリピンルソン島では過激派の活動が活発になっており、爆破テロにより
12歳の女の子を含む23人が死傷しました…オーストラリアでは…」
TVから世界各国の明るいという状況とは程遠い多数のニュースが飛び込んでくる。
暴動、略奪、テロ、殺人、放火…ありとあらゆる犯罪のオンパレードだ。
「えんどー、チャンネル変えないか?」
「…どこにしたって同じですよ…」
遠藤は呆れたように加納の方を一瞥すると、再びTVを見始める。
せっかくの休憩時間だ、きちんと休ませてくれと思う。
「そうか?…あー、そうだ、テレ帝でいいじゃないか」
「なんでこの年になってアニメ見なきゃならんのです?」
少々腹立たしく思ったのか、乱暴に新聞を投げ渡す遠藤。
「…確かになぁ。…NKH教育は「おねぇさんといっしょ」か…」
「?」
「いやだってさ、あの番組の子供たち、おかぁさんといっしょにいないじゃん」
「そりゃそうですけど…なんか違いますよそれ」
自分で言いつつすでにアホらしくなってきた加納だが、その一方でTVから流れる
世界各国の暴動のニュースを見ると、むしろそっちのほうがアホなんだよなぁ
よく考えたら、といいたくもなる。
「テロやクーデターなんかより、普段の暮らしをきちんとやってる連中の方が
よっぽどカッコいいんだぜ?なぁ遠藤」
「そうかもしれないですけど…」
にやっと笑いながら加納は付け加える。
「お前もカッコいいよ、遠藤」
「褒めても何も出ませんよ」
「へいへい」
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そろそろかな、と思っていた頃に電話がかかってきた。
「俺だ」
「はい」
「これから拾いにいってやるよ。感謝しろよ」
「…ありがとうございます」
「いいってことよ。…ついたらどうしても話しておかねばならないことがある」
「反省してます」
「…ん、まぁとりあえず着いたら話す」
それだけいうと武宮は電話を切った。
「ご迷惑をおかけしました」
「ん、まぁな」
松島はぶっきらぼうにそれだけいうと新聞に目を通す。
ほとんどないに等しい荷物をまとめていると、そこに武宮がやってきた。
「ご迷惑をおかけします」
「ん、まぁな」
さっきのやり取りを聞いていたのか、まねをする武宮。
「アンタの部下だったのか?」
「…正確には、元部下、ですがね」
「元じゃしょうがないな。でもこうやって来たってことはただの元ってわけじゃ
ないだろ。こういうことないように気をつけてくれよ」
隕石さわぎでぐちゃぐちゃになってこういうの増えそうだなと武宮は内心
おもいつつ、半ばふざけたように
「了解」
とだけ短くいい、松島に向かって敬礼をする。
「…じゃあ、あとはこのやっかいなランボーの扱い任せた」
「ランボーってまた大げさな…」
石原は半ば冗談めかせて言い、武宮の方を向いたが、武宮の目は笑っていなかった。
「ちょっ、武宮さん」
「ん、あぁ、そうだな、とりあえずどっか適当に入るか」
武宮の表情が急におだやかなものになる。
3日にわたっていれられていた警察から離れて、ようやく自由のみになれたことで
気が楽になれるかと思った石原だが、どこか武宮の表情に思いつめたようなものが
あるのが気になった。
そのときは石原はただ自分のせいだとしか思えなかったのだが…
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「…なんですかこれは!?」
喫茶店の一室で武宮に見せられた書類に、石原は困惑の色を隠せなかった。
「…最終防衛ライン、ってこれいったいなんなんですか」
声が大きくなりそうなのを何とか抑える。
「これはな…焼き芋焼くための紙だ、ていうよりそうなって欲しいところなんだが…」
「冗談じゃないですよ、フランスが2回核による軌道修正に失敗した場合、距離的に
間に合わないから人類は滅亡するしかないとか、シェルター作成とか、それらはまだ
いいですけど最後のはいったい何なんですか?」
「…うーん、最後のは…最後の手段」
「最後の手段って…それがこの某3流SF映画みたいな奴ですか?アレより酷い」
石原の感想を聞いて、いや俺もそう思ったんだけどなと武宮は思ったが、あえて
口には出さないことにした。
「で、これに俺がどう関係するんです?別に関係ないでしょ?」
「いや、元自衛隊員で今は民間にいるお前にだからこそ頼めるんだ」
「どういうことです?」
武宮がこれほどまでに真剣な表情をしていることを、石原はこれまでに見たことが
ない。それほどまでの表情である。何ゆえここまで真剣な表情になれるのか、
正直なところ石原には直感できなかった。
「いいか、この最終防衛ラインにおいて使用されるのは実際のところ核だ。
それもこれまでに人類が使ったことのない規模の巨大な核」
「はい」
「この核はあくまで隕石の軌道を修正することのみに使用されるわけだ」
すっかり夜も押し迫っているのに喫茶店の中はがらがらだった。
ここ数日すっかり人通りは減ってしまっている。
「それをもし、俺ら軍人がもったらどう思われる?」
「…やっぱり、兵器としての使用を疑われますよね」
「実際にはこんな馬鹿みたいな威力の兵器、地球上では使えねぇ」
なんかマンガの台詞みたいだなと武宮は思う。
「だが、世間一般の人間、いや世界中の人間のどれだけがそう思う?」
「…」
「…今は軍人ではないお前にこそ頼めるわけだ、わかるか、な」
武宮が泣きそうな顔で立ち上がる。
「頼む。…俺の娘はまだ10歳なんだよ…こんなとこで人生終わらせるのか…?
もしフランスの核による作戦が失敗したときにはお前の力が必要になる。隕石に
正確に核攻撃を行い、軌道修正をする…こんなことお前以外の誰にできるんだよ…?」
「…武宮さん…」
「この通りだ」
武宮は何のためらいもなく頭を下げた。そこになんら私心はないと石原には思えた。
「頭を上げてください…少しだけ、考えさせてください」
それだけしか石原にはいえなかった。
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